ショート

□零崎咎識の人間苦悩
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ある日のこと、私のもとに一通のエアメールが届きました。



差出人は零崎咎識、私の養父です。





文面は至ってシンプルにただ一行、



"ブタ共がうぜぇから帰る。"




何故か毛筆で、惚れ惚れするほど達筆に書き殴ってありました。









………。


そして、そんな経緯を経て、約二年ぶりの日本帰国を果たした父と娘は無事再会を果たしたのです。












そして帰国するや否や、これまた久しぶりとなる父娘のティータイムへと洒落込むことになったのだ。


ただいまの時間、柔らかな日差しの心地良い午後。多分三時くらい。



この家には時計がないから、正確な時間はわからない。


何故時計が無いかというと、この家の主が時計を心の底から憎悪しているからである。



大作家先生である彼にその理由をたずねると、眉をこれ以上無いほど寄せながら不機嫌そうに話し出した。



「時計があるとイラつくんだよ。

 作家と時計の組み合わせは水と油、ケチャップとマヨネーズだ。」

『…ケチャップとマヨネーズは混ざり合うけど。』

「んなもん邪道だ、俺は認めん。」

『要するに?』

「まずい。」

『よくわかりました。』



つまり今後の食卓にそれを出すな、と。




それに酷く満足げに頷いた彼は、しかし最初の質問は解決されていない。と言って、瞬時に私の腕時計の金具を破壊した挙句、私の腕から去っていくそれを受け止めてゴミ箱に投擲してしまった。




『…………。』


何をするんだと視線で訴えかけると、これまた酷くご満悦な様子で



「俺は耳がいいから、一々秒針の動く音が聞こえてノイローゼになりそうなんだよ。

 俺を病院送りにしたくなかったらこの家に時計は持ち込むな。今日の教訓だ、よく覚えておけ。」

『え、今のデジタルだったけど。』

「ピッピピッピうるせぇ。」

『…うん、もういいや。』





残念なことに、彼に突っ込みは届かないのである。












そして、更に彼は突き進む。




「作家は常に糖分不足なんだ。」

『糖分不足って、咎識さんが甘党なだけじゃ…』

「コーヒーは角砂糖5個を欠かせねぇし、ショートケーキには練乳だ。

 宇宙の法則だろう。」

『…宇宙は随分と咎識さんに優しいんだね。』

「俺は宇宙に優しくないがな。

 俺が優しいのは、俺と俺の娘だけだ。」

『ふーん。

 じゃあ私もちゃんと親孝行しなきゃだね。』

「ああ。

 いつか日本の憲法に甘党推進計画を載せてやってくれ。」

『スケールでかいよ咎識さん。

 法律すっとばして憲法きちゃったじゃん。』

「大丈夫だ。

 きっとお前ならやれるだろう。」

『ううーん、その信頼はいらないかな!』

「わがままを言うな。親の愛情は素直に受け取れ。」

『え、これわがまま?それ愛情?』

「1わがままにつき1ペナルティーだ。

 このチョコレートムースは俺がもらう。」

『えっ、それ食べたかったのに!

 ってあああああっ、なんでレモンパイまで食べちゃうの!?』

「俺の愛を二度も流した分だ。

 俺は傷ついたから、慰謝料をもらえるんだよ。」

『何そのハイパー自分ルール!』




以上の会話で見抜けなかった人はこの私が直々に裁きを下しに行ってやろう。




咎識さんは、死ぬほど甘党なのである。

既に大人としてというか、人として許されざる領域に到達しているが、まだまだストップはかからない。









まあ他と比較すれば確かに仲が良いのだろうが、ノンストップ俺様咎識は最早世の常である。

つまり当の本人に義理の娘として扱われる私にも、咎識さんのストップは不可能なのだ。




彼の性格と嗜好の改変に関する件で、私に僅かばかりの期待を寄せているらしい家賊には大変申し訳ないが、咎識さんの自分至上主義はおそらく死ぬまで直らないと思うのだ。


私に言えることは唯一つ、奴が死ぬまで泣き寝入りでもして待て。









ま、個人的には今のままでもいいしね。


(…しかし咎識さんは、)

(かなりしぶとく生き残るタイプの人間じゃないかと思うのだけど)




――――――――

咎識さんを構成するのは「甘党・俺様・親馬鹿」です。

大人としてアレですが、だから作家だなんてフリーダムな仕事をしているんです。むしろそれ以外に職につけなさそうだ。


いやもうこんなのですが、天満様どうぞーです。

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